──おふたりの共演シーンには緊張感とすごみがありました。
三浦俳優同士って波長が合うか合わないかが大事。「この人と共演したい」と熱望していても、どうしてもダメなときってあるんですよ。でも、この映画『64-ロクヨン-』ではそういうことは全くなくて。すごく心地いい現場でしたね。ふたりで対峙した瞬間、「ああ、映画の撮影現場だな」ということを感じました。
──撮影前におふたりで「こうしよう」みたいな話し合いはなさったんですか?
三浦それぞれ監督とは話しましたけど、ふたりではまったく話してないですね。
佐藤後編の捜査指揮車の中、実は台本では何十ページもあって、頭を抱えるぐらい長いんですよ。でも、そう見えなかったでしょ。やっぱり三浦さんとご一緒することで、あの狭い空間でのやりとりでの緊迫感が生まれて、長いものに見えなかった。
三浦(唐突に思い出して)『あ、春』(※1998年の佐藤の主演映画。監督は相米慎二。三浦も出演している)の共演があったね。
佐藤あ、そうか。相米さんのやつだと『台風クラブ』(※1985年の映画。三浦は教師役で出演)にも実は僕も1カット出ているんだけど、誰だかどこだかわからないとこに出ていて、三浦さんとの絡みはないし。
三浦名前は出ていたよね。
佐藤「どこに出てた?」ってみんな言うんだけど、「台風来るから早く帰れ」って走り回っている先生が僕なんですよ。相米組だから寄りも撮らないから、ただ奥のほうで「お前ら帰れーっ!」って言っているエキストラのおっさんみたいで(笑)。
──相米組という共通点がおふたりにはあるんですね。
佐藤三浦さんも相米さんを通り抜けているという部分で、同窓とは言わないけど、そういう感覚はありますね。
三浦個人的なことだけど、相米組でなかったら俳優は続けてられなかっただろうねというぐらいの存在ですから。相米組を経験している人間って変な連帯感があるんです、不思議なぐらい。(相米を)偲ぶ会とかやると、10何年経ってもスタッフ、キャストと集まるんですよ。