文学の未来を担う作家のデビュー作
煙か土か食い物
講談社
2004.12.14
この本のあらすじ
腕利きの救命外科医・奈津川四郎に凶報が届く。連続主婦殴打生き埋め事件の被害者におふくろが? ヘイヘイヘイ、復讐は俺に任せろマザファッカー! 故郷に戻った四郎を待つ血と暴力に彩られた凄絶なドラマ。破格の物語世界とスピード感あふれる文体で著者が衝撃デビューを飾った第19回メフィスト賞受賞作。
おすすめコメント
今後が楽しみな作家の一人に舞城王太郎がいます。文章も物語の展開も非常にリズミカル。彼のデビュー作である本作を初めて読んだ時、新しい時代の文学という雰囲気がプンプンして、一気にファンになってしまいました。露骨なまでの暴力描写や偽悪的で乱暴な表現の裏側に、偽善や綺麗事、予定調和を嫌う誠実さや純粋さを感じるのは僕だけじゃないはず。読者を選ぶのは確かですが、なんとなく乱暴そうという印象だけで読まないのはもったないと断言できる名作です!
村上春樹好きにもオススメ!
個人的な体験
新潮社
1981.2.27
この本のあらすじ
わが子が頭部に異常をそなえて生れてきたと知らされて、アフリカへの冒険旅行を夢みていた鳥(バード)は、深甚な恐怖感に囚われた。嬰児の死を願って火見子と性の逸楽に耽ける背徳と絶望の日々……。狂気の淵に瀕した現代人に、再生の希望はあるのか? 暗澹たる地獄廻りの果てに自らの運命を引き受けるに至った青年の魂の遍歴を描破して、大江文学の新展開を告知した記念碑的な書下ろし長編。
おすすめコメント
ノーベル文学賞を受賞した日本人作家は、川端康成と大江健三郎の二人だけ。大江健三郎はこれだけの栄えある賞を受賞していながら、極めて難解という評判ゆえになかなか手が出ないという方も多いのではないでしょうか。そんな方にオススメしたいのが本作『個人的な体験』です。こちらは非常に読みやすく、僕が大江作品にハマるきっかけとなった小説です。未熟な主人公が現実を受け入れ、タフな戦いに赴くという展開は、これぞ青春小説といったところ。村上春樹への影響も強く感じるので、村上作品好きにも是非読んでいただきたい傑作です。
アウトローたちの哀しき性
皆月
講談社
2000.2.15
この本のあらすじ
諏訪徳雄は、コンピュータおたくの四十男。ある日突然、妻の沙夜子がコツコツ貯めた1千万円の貯金とともに蒸発してしまった。人生に躓き挫折した夫、妻も仕事も金も希望も、すべて失った中年男を救うのは、ヤクザ者の義弟とソープ嬢!? 胸を打ち、魂を震わせる「再生」の物語。吉川英治文学新人賞受賞作品。
おすすめコメント
裏社会で生きる男たちの危うい衝動を切なく描く作家、花村萬月。大学生の頃に夢中で読み漁っていた作家の一人です。彼の小説に登場するのは一癖も二癖もあるアウトローばかりなのですが、彼らの感情の機微や哀しき性を繊細に(時に大胆に!)描くことで、一般読者にもしっかりと感情移入させる手腕が見事です。特に本作『皆月』は何度も読み返すほど好きな作品で、妻に去られた失意の中年男が、ヤクザ者の義弟とソープ嬢に支えられながら、逞しく生まれ変わっていく様子は何度読んでも胸が熱くなります。また、横浜・寿町を舞台に、ギタリストと歌姫とヤクザによる哀しい愛憎劇を描いた『ブルース』もオススメですよ。
読むタイミングが重要な傑作
タイタンの妖女
早川書房
2009.2.25
この本のあらすじ
時空を超えたあらゆる時と場所に波動現象として存在する、ウィンストン・ナイルズ・ラムファードは、神のような力を使って、さまざまな計画を実行し、人類を導いていた。その計画で操られる最大の受難者が、全米一の大富豪マラカイ・コンスタントだった。富も記憶も奪われ、地球から火星、水星へと太陽系を流浪させられるコンスタントの行く末と、人類の究極の運命とは? 巨匠がシニカルかつユーモラスに描いた感動作。
おすすめコメント
決して万人に受ける作品ではありません。言い回しや設定はかなり独特ですし、ストーリーは断片的であちこちに飛ぶので、なかなか物語の全体像を捉えることはできません。しかしこの一見とっつきづらい物語ですが、読者の波長があった時にはその様相は一変します。ユーモアや皮肉に満ちた言い回しは心地よく、縦横無尽のストーリー展開もすんなりと頭に入ってきて、本作が持つ普遍的で重要なメッセージに気がつくことができるはずです。物語と波長を合わせるために、『スローターハウス5』などの比較的読みやすいヴォネガットの作品を先に読むことも効果的ですが、何より読むタイミングが重要な作品なので、一度読んでみてしっくりこなかったらすっぱりやめてしまって、また時間をおいて読み返してみるのがいいかもしれません。波長が合うまでの間、本作は紛れもなく傑作であるということだけは覚えておいてください。
夢中になるってかっこいい!
ロックンロールミシン
新潮社
2002.6.1
この本のあらすじ
賢司は入社二年目の“リーマン”。仕事は順調、彼女もいるのに、なんだか冴えない毎日。そんな時、高校の同級生・凌一がインディーズブランドを旗揚げした。気の合う仲間と作りたいものを作る――そんないい加減なことでいいのかよ!? そのくせ、足は彼らの仕事場に向かい、曖昧な会社生活をリセット、本格的に手伝うようになるのだが……。
おすすめコメント
1999年に三島由紀夫文学賞を受賞している本作。僕が初めて読んだのは2001年ごろだと思いますが、信念を持って働くことの大変さとかっこよさを教えてもらいました。思えば本作を読んだあたりから、何かに熱中する人々を見るのが好きになった気がします。90年代後半〜2000年代前半の鬱屈としたムード(今から振り返るとそれはかなり牧歌的なものなのですが。。。)がギュッと詰まっていて、非常に思い出深い作品です。90年代、2000年代に青春時代を過ごした方は是非読んでみてください。
伊坂作品のマイベストはこちら!
オーデュボンの祈り
新潮社
2003.12.1
この本のあらすじ
コンビニ強盗に失敗し逃走していた伊藤は、気付くと見知らぬ島にいた。江戸以来外界から遮断されている“荻島”には、妙な人間ばかりが住んでいた。嘘しか言わない画家、「島の法律として」殺人を許された男、人語を操り「未来が見える」カカシ。次の日カカシが殺される。無残にもバラバラにされ、頭を持ち去られて。未来を見通せるはずのカカシは、なぜ自分の死を阻止出来なかったのか?
おすすめコメント
今ではすっかり大人気作家となった伊坂幸太郎のデビュー作です。2000年に出版されてまもなく、書店で見つけて何気なく手に取り、そのテクニカルでポップな仕掛けに度肝を抜かれたことを今でも鮮明に覚えています。デビュー作ゆえに作者の「やりたいこと」と「できること」にギャップがあるのですが、そのギャップすらもキュートに感じてしまうくらい好きな作品です。あらゆる意味で現在の伊坂作品の方が洗練されているのは間違いありませんが、僕にとっては最も印象深い作品です。未読の方は是非読んでみてください。
文学のパワーを感じる作品
【新装版】リング
KADOKAWA / 角川書店
この本のあらすじ
同日の同時刻に苦悶と驚愕の表情を残して死亡した四人の少年少女。雑誌記者の浅川は姪の死に不審を抱き調査を始めた。――そしていま、浅川は一本のビデオテープを手にしている。少年たちは、これを見た一週間後に死亡している。浅川は、震える手でビデオをデッキに送り込む。期待と恐怖に顔を歪めながら。画面に光が入る。静かにビデオが始まった・・・・・・。恐怖とともに、未知なる世界へと導くホラー小説の金字塔。
おすすめコメント
本を読まない子供ながらも、映画『リング』がすごく面白かったので、珍しく原作である小説を読んでみたら、映画版より何倍も怖く感じて、小説(文学)ってすごいなと初めて思わせてくれた作品です。作中に「(未来が)あやふやだという理由だけで生命活動を停止することはできねぇ。可能性の問題よ。おまえにとって最大の敵は、その貧弱な想像力だよ。」という言葉が出てきますが、これは今でも何かにチャレンジするときに思い出しては、やる前からあれこれ悪い想像をして怖がるなんてナンセンスだと勇気をもらっています。映画版も絵的なインパクトがすごくて傑作だと思いますが、小説版はまた違った魅力のある傑作なので、映画しか見たこと長いという方にオススメしたい作品です。
天才・望月峯太郎の原点
バタアシ金魚 1巻
講談社
1986.5.15
この本のあらすじ
俺、花井薫(はない・かおる)。水泳は好きじゃないけど、ソノコ君のコト、ホントに愛してるから水泳部に入ったんだ。だけど、ソノコ君は素直じゃないんだよね。しっかし、俺はヤルからね。ソノコ君に、俺がどんな男か認めさせてやるぞぉぉ。すげえコトやってやんだあぁ~! 屈折元気(プリズム・パワー)が大爆発の甘酸っぱすぎる青春!!
おすすめコメント
バカバカしくなるほど素直な青春漫画であり、恥ずかしくなるほど純粋な恋愛漫画です。たぶん一生大好きな作品だと思います。古谷実『行け! 稲中卓球部』や松本大洋『ピンポン』への影響は言わずもがなですが、好きな娘のために一途に水泳を頑張る主人公・花井薫の姿は井上雄彦『スラムダンク』の桜木花道ともかぶります。その他にも浅野いにお、よしもとよしとも、柴田ヨクサルなど多くのマンガ家に影響を与えた、マンガ史に残る偉大な傑作です。前述した漫画家が好きな方は読んで損はないと思いますよ。『ちいさこべえ』で漫画家として新たな境地に到達した天才・望月峯太郎の原点がここにあります。
松本大洋の隠れた名作
ナンバーファイブ(1)
小学館
2001.11.30
この本のあらすじ
国際平和隊幹部組織「虹組」のNo. 苦の遺体が砂漠で発見された! 殺したのは、元メンバーのNo. 吾!? マトリョーシカという女性を連れて逃亡する吾のもとに、新たな刺客が差し向けられる・・・(第1話)。●本巻の特徴/遥かな未来、滅亡に瀕した人類は、選ばれたエリート「虹組」に支配を委ねていた。頂点に立つのは、最新科学で誕生した9人の超人たち。しかし、そのうちの1人、No. 吾が規律を破り逃亡する。狙撃の名手でもある彼の裏切りの真意とは!? 今、壮絶な戦闘が始まる・・・。
おすすめコメント
松本大洋の作品はほぼ全て好きなのですが、その中でも特に好きなのが本作です。石ノ森章太郎の『サイボーグ009』を下敷きとしたヒーローSFなストーリーと、フランスの漫画家メビウスの影響を強く感じる幻想的で繊細な絵柄が相まって、他の松本大洋作品とは一味違った雰囲気を醸し出しています。「未来の地球で滅亡に瀕した人類が、選ばれたエリート(人工的に作り出された超人たち)である「虹組」に支配を委ねる」というストーリーは、発表された2000年代前半には単に面白いSFとして読まれていましたが、人工知能の脅威が叫ばれる現在に読むとその切実さは当時の比じゃありません。争いをなくすためにどうするべきか、未だ人類はその正解を知りえませんが、ヴィンランド・サガと並んで重要なメッセージをはらんだ傑作であるのは間違いありません。より多くの方に読んでもらいたいですね。
いま最も読むべきマンガ!
ヴィンランド・サガ 1巻
講談社
2006.8.23
この本のあらすじ
千年期の終わり頃、あらゆる地に現れ暴虐の限りを尽くした最強の民族、ヴァイキング。そのなかにあってなお、最強と謳われた伝説の戦士が息子をひとり授かった。トルフィンと名づけられた彼は、幼くして戦場を生き場所とし、血煙の彼方に幻の大陸ヴィンランドを目指す!! 『プラネテス』の幸村誠が描く最強民族(ヴァイキング)叙事詩、堂々登場!
おすすめコメント
現在連載中のマンガで、個人的に一番気になっているのがこちらです。様々なマンガ賞を受賞し、その質の高さは各所で語り尽くされている感はありますが、小難しいことを考えずとも、一読すればわかる圧倒的な面白さです。息もつかせぬ先の読めないストーリーは、8巻で一度ピークを迎え、ここまでの物語は序章に過ぎなかったと知り、この物語が語ろうとしているテーマの壮大さに、多くの読者はうれしい悲鳴を上げることとなります。その後も練りに練られた展開の連続で、人類の普遍的なテーマに真正面から挑みつつ、ちゃんとエンターテイメントとして楽しませてくれる素晴らしい作品です。
いかがでしたか。本は出会い方や出会うタイミング次第で、面白いと感じるかどうかは大きく異なるので、なるべく様々な本との出会い方を提案するのが本屋の使命の一つだと思っています。そういった意味でこちらの連載が少しでも本と人との接点になっていたら嬉しいです。長い間ご愛読本当にありがとうございました。