「エネルギー」と「宗教」という二大テーマに挑む
絶対製造工場
平凡社
2010.8.10
この本のあらすじ
一人の男がひょんなことから、わずかな燃料で膨大なエネルギーを放出する画期的な器械「カルブラートル」を発明した。だがこの器械はエネルギーだけでなく、あらゆる物質に封印された「絶対=神」をも解放してしまう恐ろしい器械だった。やがて目に見えない絶対が世界中に溢れ、人々を未曾有の混乱に陥れる-『ロボット』『山椒魚戦争』の作者による傑作SF長編。
おすすめコメント
作者のカレル・チャペックは、「ロボット」という言葉を生み出したチェコの作家としてよく知られていますが、やはり彼のSF的想像力は素晴らしい!第一次世界大戦後にかかれた本作でも、彼はその想像力を十二分に発揮し、物語の核となる革新的な機械「カルブラートル」を発明します。この「カルブラートル」は、少しの物質から膨大なエネルギーを抽出できる一方、運用に大きなリスクを伴うという点でまさに「原子力の利用」そのもの。さらにチャペックは「カルブラートル」が抱える問題として「神様の乱造」を設定することで、近代以降の人類がとらわれている「エネルギー」と「宗教」という重要なふたつのテーマに踏み込んで行くことになるのですが、こういった重厚なテーマを掲げながらも、コミカルで喜劇然と描くことができるチャペックのユーモアに脱帽です。藤子・F・不二雄のSF短編や星新一のショートショートが好きな方に猛烈にオススメします。
時代を先取りすぎた名著
アフリカの印象
平凡社
2007.6.8
この本のあらすじ
ブルトンが熱讃し、レリスが愛し、フーコーがその謎に魅せられた、言葉の錬金術師レーモン・ルーセル。言語遊戯に基づく独自の創作方法が生み出す驚異のイメージ群は、ひとの想像力を超える。-仔牛の肺臓製レールを辷る奴隷の彫像、大みみずがチターで奏でるハンガリー舞曲、一つの口で同時に四つの歌をうたう歌手、人取り遊びをする猫等々、熱帯アフリカを舞台に繰りひろげられる奇想の一大スペクタクル-。
おすすめコメント
1877年にフランスで生まれた小説家、レーモン・ルセールはその発想と言語実験的作風がモンテスキューやジャン・コクトーなどの著名人をはじめ、シュルレアリストなどの芸術家に絶賛されるものの、一般読者にはまったく受け入れられず、56歳にして自ら命を絶ってしまった不遇の人物です。しかし今彼の作品を読むとその独創的でフレッシュな発想がただただ面白く、いかに彼が時代に先んじていたかがよくわかります。とはいえ、やはり独特のスタイルを持った作家ではあるので、読み始めは少し戸惑うかもしれませんが(この点はルセール本人も認めています)、いくらか辛抱して読み進めるといつのまにかそのスタイルに引き込まれ、最後には今まで味わったことのない恍惚の読書体験が待ち受けていますよ。もう普通の小説では満足できないという方にオススメです!
働くことに疲れた時に
怠ける権利
平凡社
2008.8.8
この本のあらすじ
ブルジョワ革命の屁理屈屋が捏ねあげた人間の権利などより何千倍も高貴で神聖な怠ける権利を宣言しなければならぬ-フランスの社会主義者にしてマルクスの娘婿が発した「労働=神聖」思想に対する徹底的な批判の矢が、一二〇年以上の時を超え"今"を深々と突き刺す。「売られた貪欲」「資本教」も収録。
おすすめコメント
勤勉な日本人にはとても気になるタイトルですね。130年以上前のフランスで書かれた本書は、資本主義下の労働者は懸命に働けば働くほど搾取されるのだから、「怠惰」という神聖な権利を行使すべきであると主張します。さすがに当時のフランスと、21世紀の日本ではあらゆる点で大きく状況が異なるのは百も承知ですが、日頃働き過ぎてしまっている方に読んでもらえれば、少し肩の力を抜くことができると思います。本書を書いたのがマルクスの娘婿でフランスの社会主義者のラファルグという点も興味深いですね。
17世紀に出版された世界初の絵入りの教科書
世界図絵
平凡社
1995.12.15
この本のあらすじ
世界ではじめて出版された、子供のための「絵本」「絵入りの教科書」。17世紀当時の世界観に基づくさまざまな事物を素朴な木版画とやさしい文章でときあかす。教育史・思想史における不朽の古典。
おすすめコメント
子供たちに世界の成り立ちを教えることを目的に作られた本書は、体系的な知識を視覚的に教えることを試みた世界初の絵入りの教科書(というか挿絵付きの百科事典といった趣です)で、教育史的に最も重要な作品のひとつと言われています。かの有名なゲーテも子供の頃に愛読していたというのですから、この本がその後の世界にいかに大きな影響を与えたかは推して知るべしといったところ。350年以上前に出版された古典が、電子書籍で普通に読むことができるという状況を喜ばずにはいられません。
人間に対する幻想を痛快に打ち砕く
人間についての寓話
平凡社
1994.3.15
この本のあらすじ
「人間はほかの動物とは異なる卓越した、崇高な存在である」―われわれ人間がえてして抱くそんな感覚・価値観・「神話」を、動物行動学の第一人者が軽妙に時に痛烈に打ち砕く。
おすすめコメント
日本の動物行動学の第一人者である日高敏隆が、動物行動学の見地から人間というものを解き明かそうとした名著です。人間は他の動物とは一線を画した存在であるという幻想を小気味よく打ち砕いてくれます。例えば「教育」「夫婦(一夫一妻)」などについて、非常にフレッシュな切り口で話されていてとても興味深いです。そして文章がとにかく面白い。専門的な知識に裏打ちされていながらも、専門用語や難しい理論にとどまらず、自由で親しみやすい日高先生の語り口が、動物行動学の知識がない読者も魅了します。
無類に面白い真面目な悪ふざけ
けものづくし
平凡社
1993.12.15
この本のあらすじ
「チーターはまちがった走り方をしている」(!?)猫、犬、亀からライオン、いるか、きりん、ユニコーンまで、動物学の謎を別役流に解き明かす<怪論>25篇。
おすすめコメント
『ゴドーを待ちながら』でおなじみの不条理演劇の重要作家、サミュエル・ベケットに大きな影響を受けた著者らしく、生物学をユーモラスに、ぞして不条理に皮肉った一冊。原稿依頼の時に「どんなでたらめを書いてもいいですから」と編集者に言われたのを良いことに、色々な動物についてなにやらもっともらしい調子で法螺話を展開していきます。決して役には立ちません。ただその真面目な口調で吐き出されるデタラメがひたすら面白いのです。レオ・レオーニが架空の植物についてもっともらしく論じた『平行植物』にも似た可笑しみがありますよ。
いかがでしたか。ぼくのイチオシはチャペックの『絶対製造工場』です。著者の兄であるヨゼフ・チャペックの挿絵も可愛いくて、作中のディストピアの殺伐とした印象を薄めてくれます。さて次週は梅雨の真っ只中なので「雨の日にこそ読みたい小説&マンガ」をお送りします。どうぞお楽しみに!